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エチオピア: 人権

アムネスティ・インターナショナル
2004年


エチオピア連邦共和国
国家元首:ギルマ・ウォルデ?ギオルギス(Girma Wolde-Giorgis)
政府首班:メレス・ゼナウィ(Meles Zenawi)
死刑:存続
国際刑事裁判所:批准していない

 オロミア(Oromia)や南部の地域では、平和的に行われたデモに関連して、警察が230人以上を銃殺し、数百人の身柄を拘束した。拷問、強姦、裁判なしの死刑など、多くの人権侵害の事例が報告されており、とりわけ、オロミア(Oromia)とソマリ(Somali)地方の紛争地帯で頻発している。ジャーナリストや政府に批判的な人々が逮捕され、裁判を受けている者もいる。不公正な裁判で有罪になった、ある著名な良心の囚人は、15年の判決が控訴審で短縮された後、解放された。武装反政府勢力を支持しているとの嫌疑を掛けられた数千人の人々が、起訴や裁判のないまま、長期にわたって拘留されている。刑務所の状況は過酷で、多くの囚人は外部と連絡が取れないよう隔離され、「失踪」したのではないかと懸念されている。デルグ(Dergue)前政権の官僚たちが、大量虐殺や人道に対する罪で起訴された裁判の多くは終結したが、まだ千人以上が裁判中、または裁判を待っている。死刑判決もいくつか出たが、執行の報告はない。

背景

年末、飢饉で1400万人の生命が危機にさらされ、国連や援助団体は人道支援を呼びかけた。
2000年に法律で設立が決められた、全国人権委員会とオンブズマン事務所は2002年末の時点でまだできていない。
2年間にわたるエリトリアとエチオピアの国境紛争を終わらせる平和条約が2000年12月に署名された後、4月にオランダのハーグで開催された、エリトリア?エチオピア国境委員会は、国境問題に関する裁定を発表した。両国は発表前から裁定を受け入れることに合意していたが、年末の時点で、食い違いが残っており、国境策定が遅れている。2国の緩衝地帯を管理し、地雷除去を行っている国連エチオピア・エリトリア使節団(UNMEE)は、国連安全保障委員会の決定により、2003年まで延長された。国際赤十字委員会の仲介により、戦争捕虜と民間人抑留者の交換が進められた。11月、エチオピアはエリトリアに、1,568人のエリトリア人捕虜と抑留者を送り返した。これは帰国を希望していた戦争捕虜の最後のグループである。エチオピアは、エリトリアがまだ送り返していないベザビ・ペトロス大佐ら、何人かのエチオピア人戦争捕虜の帰国を再度要請した。
12月、エチオピアは子どもの権利及び福祉に関するアフリカ憲章を批准した。

武力紛争

継続している各地の紛争では、エチオピアがエリトリア全国部隊連合(Alliance of Eritrean National Forces)の武装勢力を支援している。一方エリトリアはエチオピアの武装反政府勢力であり、オロミア地方で活動している、オロモ解放戦線(Oromo Liberation Front、OLF)の他、OLFおよびアルイティハッド・アルイスラミヤ(Al-Itihad Al-Islamiyaイスラムの団結)と協力関係にありソマリ地方で活動している、オガデン全国解放戦線(Ogaden National Liberation Front、ONLF)を支援している。エチオピアではさらに小規模なものを含め、このような紛争の中で、政府軍が攻撃や被害を受けると、その復讐として行われる恣意的逮捕、裁判なしの死刑執行、拷問、強姦などで、しばしば民間人が被害者になっている。
民族集団間の紛争も何度かあり、十数人が死亡し、数千人が移住を余儀なくされた。2002年7月、南西地方ガンベラ(Gambela)のイタン(Itang)町では、対立する集団であるヌエル(Nuer)とアヌアク(Anuak)の人々が数多く殺害された。この殺人で何人かの逮捕者が出たが、年末までに裁判になった者はいない。
11月、ガンベラ地方のフグニド(Fugnido)キャンプではスーダン人難民との間で民族紛争が発生し、40人以上が死亡、大勢の人が負傷した。

ジャーナリスト

2001年より数が減ったとはいえ、政府は独立系のジャーナリストに対する嫌がらせ、脅迫、逮捕、拘留を続けている。彼らは、出版法に基づいて、名誉を毀損した、誤報を流した、不安を招いた、暴力を唆した、当局に批判的な記事を出版したなどの嫌疑を掛けられる。年末の段階で、2人が拘留されている。国外に逃れたジャーナリストもかなり多い。

デモ参加者の殺害と、大量逮捕
デモ参加者に対し、明らかに法律に反して、警察が殺傷兵器を使用した事例がいくつかある。政府は調査中と答えているが、被疑者が司法手続きを受けるかどうかは不明である。
・ 南西部のテッピ(Teppi)町では、シェキチョ(Shekicho)とメゼンゲル(Mezenger)という民族グループのデモ参加者が200人近く、警察によって銃殺された。彼らは行政的な区画変更に反対していた。野党活動家を含む300人以上が拘留された。8月には90人が裁判を受け、デモの際の暴力で4人の警官を殺害したという起訴事実などで再拘留された。
・ 3月と4月には、西部のオロミア地方のいくつかの町で学生が地方教育・税制政策に反対して、平和的なデモが広範囲に行われていたが、警察は何人かを銃殺し、または負傷させ暴行した。抗議行動を支持し、扇動したとして何百人もの教員や公務員らが拘留された後、デモ参加者の大量逮捕が行われた。外部との連絡を絶たれ、OLFとのつながりがあるとの疑いをかけられた囚人に対する拷問や虐待が報告されている。当局はこの地域で活動を強化しているOLFがこのデモを組織したと批判している。拘留された人々のほとんどは2002年半ばに釈放されたが、年末の時点で起訴や裁判が行われないまま拘留されている者もいる。
・ 南部地方シダマ(Sidama)地区の首都アワサ(Awassa)では、5月24日、地方警察と連邦警察がデモ隊に発砲し、少なくとも25人を銃殺し、他にも負傷者が出た。これは、警察が警告なしに発砲するまでは平和的なデモであった。ある情報筋によれば警官が2名殺害されたが、これは他の警官によるものであった。その後数週間、デモ参加者と、その支持者とされた人々が多数拘留され、拷問を受けた者も多いと報告されている。政治犯の医師ミリオン・トゥマト(Million Tumato)とシダマ開発会社取締役のメンギストゥ・ゴサモ(Mengistu Gonsamo)も含まれている。11月までに2人は他の人々とともに一旦釈放されたが、現在少なくとも12人が起訴されないまま拘留されている。南部地方の当局は調査委員会を作ったが、この調査委員会は中立の立場ではなく、年末になっても報告書は出ていない。
起訴や裁判のない拘留
OLFやONLFなど、反政府勢力とのつながりを疑われた人々が、裁判や起訴もないまま恣意的に拘留され、外部との連絡を絶たれるというパターンが続いている。ソマリ地方では、ONLFの動きがあると、ONLFとの関係を疑われて多数の人々が拘留され拷問される。
・ ONLFが6月始めに鉄道事務所を爆破した事件に関連して、鉄道会社の従業員であり、フットボールチームのコーチをしているジアド・フセイン・アバルスキ(Ziad Hussein Abarusky)が、同月、ディレダワ(Dire Dawa)で、他の20名とともに逮捕された。報告によると彼は拷問を受けた後、9月にアジスアベバの刑務所へ移送され、裁判所に連れて行かれた。年末になっても彼は起訴されていない。
・ ガンベラ地方フグニドキャンプのスーダン人難民のリーダーは2001年12月に逮捕され、難民に対する不当な待遇に抗議したとして拷問を受け、起訴されることなく3月に釈放された。
・ 12月、エチオピア教員協会(Ethiopian Teacher Association、ETA)の事務局長代理、アバテ・アンゴレ(Abate Angore)は、学生のデモに対する警察の暴力を批判した20ヶ月前の新聞記事の中で、人々を反政府行動に扇動したとして逮捕・拘留された。彼は6日間の拘留の後、保釈された。

近年オロミアとソマリ地方において政治的な理由で拘留された数千人の人々の多くは、起訴されないまま現在も拘留されており、ほとんどの場合外部と接触できないと報告されている。中には行方不明になっている者もあり、「失踪」したのではないか、裁判なしに死刑を執行されたのではないかとの懸念が高まっている。オロミア地方の裁判所では、拘留の事例を見直し、何人かを釈放したが、この手続きに関する情報はほとんど公開されていない。2001年12月の地方選挙中、南部地方において明らかに政治的な理由で逮捕された、野党支持者の多くは、2002年初頭の数ヶ月の間に起訴されずに釈放された。

政治的な裁判

政治犯の裁判の公正さについては、まだまだ懸念がある。政府も問題の一部を認め、司法制度改革と、裁判官の研修が必要だとしている。
・ 1992年から行われているOLFの活動家約100名の裁判が2月に終わった。2名は死刑宣告を受け、他は懲役刑となった。
・ 8月、オガデン福祉協会会長のモハメド・アハマド・アブディ(Mohamed Ahmed Abdi)がアジスアベバで逮捕された。政府は、この非政府援助団体を禁止しようとしていた。そして幹部何人かがこれまでにも拘留されたことがあった。政治犯のモハメド・アハマド・アブディはジジガ(Jijiga)に連行され、拷問を受け、汚職で起訴された。11月、彼は脱走し国外に逃れた。
・ エチオピア人権評議会(EHRC)議長のメスフィン・ウォルデ・マリアム(Mesfin Wolde-Mariam)教授とエチオピア経済協会(Ethiopian Economic Association)の理事ベルハヌ・ネガ(Berhanu Nega)氏の裁判は何度も延期され、2002年末の段階では開始されていない。2人は2001年4月のアジスアベバ大学での学生デモを扇動したとして、不当な嫌疑を掛けられたが、2001年6月保釈された。
・ エチオピア教員協会(ETA)会長のタエ・ウォルデ?セマヤット(Taye Wolde-Semayat)氏は、武装を謀議した罪で15年間の懲役刑を受けていたが、5月控訴審で減刑された。彼は1996年以来良心の囚人となり、1999年、不公正な裁判で有罪となっていた。

デルグ裁判

デルグと呼ばれ、1991年打倒された、メンギツ・ハイレ・マリアム(Mengistu Haile Mariam)政権の高官で、大量虐殺と人道に対する罪で起訴された46人対する裁判は長期にわたって続いている。2002年末の段階で、かつての政府及び与党の官僚たちが千人以上身柄を拘留されたままだ。その中には、大学教授のアレマエフ・テフェラ(Alemayehu Teferra)氏も含まれている。彼らは、1970年代後半政府が反対勢力に対して行った「赤い恐怖(Red Terror)」キャンペーンの中で、政治的な殺人を行ったとして起訴されている。2000年7月から2001年7月までに、478人が起訴され、328人が無罪となった。特別検察官は、すべての裁判は2004年までに終了するだろうと述べた。

拷問

政治犯、とりわけ武装反政府勢力と関連があるとの嫌疑を掛けられた人たちに対する拷問は、現在もしばしば報告されている。そのようなグループに関与したされる女性が何人か強姦されたとの報告がある。裁判所は被告人が拷問を訴えてもめったに調査をしないが、アワサの地方裁判所は、警察に対し、5月のデモに関連して拘留されている人々に対する暴行を停止するよう命令を出した。
12月27日、アジスアベバのリデタにあるエチオピア正教会の聖職者や男女の信徒が何百人も、新しい教会指導者の任命に反対して平和的なデモを行っていた際、警察に暴行された。700人以上が逮捕され、コルフェ(Kolfe)警察訓練所で5日間にわたり拷問や虐待を受けたと報告されている。彼らは裁判所に連れて行かれ、捜査のために拘留された。保釈は認められなかった。

裁判なしの死刑執行

警察官や軍部が、裁判抜きの死刑執行、あるいは違法な殺人と思われる状況で民間人を殺害しているとの報告は続いている。そのような殺人は、エチオピアや、オロミヤ、ソマリ地域の紛争地帯で報告されている。政府は、警察による過剰な武力の行使について捜査中と発表し、何人かを逮捕したが、年末の段階で、裁判は始まっていない。

死刑

2月、武装の謀議と1992年に殺人を犯したとして起訴されたOLFのメンバーが死刑判決を受けた。4月には、1995年アジスアベバのティグライホテルに、アルイティハッド・アルイスラミヤのメンバーとして爆発物を仕掛けたとして有罪になった5人のソマリ族の人が、死刑判決を受けた。年末の段階で、この7人の控訴審は行われていない。
デルグと「赤い恐怖」裁判の起訴事実では、裁判所は多くの場合死刑を選択することができるが、数人が欠席裁判で死刑判決を受けた他は、懲役刑になっている。
刑事裁判所はいくつかの死刑判決を出しているが、執行されたとの報告はない。

アムネスティ・インターナショナルの入国拒否

政府は1995年以来ムネスティ・インターナショナルの代表者にビザを発給することを拒否しているが、11月にも再度拒否した。




新曲「ルワンダの歴史を繰り返さない」ソロモン・テカリグ
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本気?まあね。提案中の政府投票用紙を見てみよう。
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