テイエ ウォルデスミアテ教授の悪化する刑務所生活と、いまだに続くエチオピアの無法状態
1949年の設立以来、エチオピア教師協会(ETA)は、エチオピアの子供達の教育と、自由市民として差別なく生きる権利を得るべく断固とした態度で努力を続けてきた。
ETAは常に正当な教育方針の作成と会員の啓蒙に努めてきたが、その結果は様々な組織レベルの熱心な一般会員や役員の殺害、投獄、除名であった。
エチオピアの政治舞台にこれまで出現した政府はすべて、異議を唱える市民を国家の敵と見なす点で一致している。これは歴史的な不運以外の何ものでもない。
正常に機能しなくなったデルグ政権は、熱心なETAメンバーや公務員をEPRR(エチオピア人民革命党)の一派、あるいはアナーキストと称し、これを理由として多くのメンバーを投獄、殺害、手足を切断するなどしてきた。これに引き続き同政権はETAを違法と公言し、全国の事務局を閉鎖した。ETAを支援したもう一つの政府も葬られた。この圧迫は1976年から1991年まで続いた。
与党であるEPRDFも1993年からETAに対して同様の政策を取っている。全国の教職員は狂信的愛国主義者、国家主義者、テロリストと呼ばれ、協会を組むことや表現の自由を拒絶されている。また連邦レベルから学校レベルにおけるまで、メンバーは殺害、投獄、解雇されている(被害者のリスト同封)。(時間とスペースの節約のため、長いリストを省きました。)
ETA代表であるテイエ ウォルデスミアテ教授は熱心な労働組合主義者でもあり、牢獄でひどい仕打ちを受けている。政府役員の彼に対する残酷な扱いは悲しむべきもので、大変懸念されている。
皆様方へ
この不等な告発に先駆けて、テイエ ウォルデスミアテ教授は以下の抑圧も受けていました。
A. アジス アババでの教授職を解雇された。
B. EPRDF政府は、回覧にて同教授のエチオピアでのいかなる立場における雇用も禁じた。
C. 政府は姉妹同盟、アジス アババにある外交団体、各地区当局に ETAやその代表とかかわらぬ様、書面にて依頼した。
D. EPRDF政府は国営放送を通じて教職員に、ETA代表者に従わないように呼びかけ、信任投票を拒否するように説得した。
このような非人道的な行為や手厳しい仕打ちにもかかわらず、ETAメンバーの代表者への確心は日々強まり、世間の大半もテイエ ウォルデスミアテ教授という賢明で先を見越したリーダーが率いるETAなら、エチオピアの将来を託す希望、すなわち子供達に質の高い教育を与えることができると信じて疑わなくなった。
国際コミュニティも政府の根拠ない非難を見抜き、貴重な士気と物資、経済的な支援を続けた。このことに私たちは大変感謝しています。
拘置される前、テイエ教授は、国際判定委員会にETAの件について説明するため、1ヵ月間のツアーに出ていた。政府代表者も現地に行き、テイエ教授の発言に反論した。しかし、会議でETAの真実が認められると、政府代表者たちは面目を失った。
政府の代表者達はエチオピアに戻るとETA代表を非難し始め、国に対して彼が犯した罪を償わせるために警察が連行すると発表した。与党のEPRDF幹部は学校レベルでのミーティングを招集し、テイエ教授が犯罪者であり、ETAは反社会、反平和的な組織であることを認めるように説得した。しかし教職員は政治家の話しを鵜呑みにはしなかった。テイエ教授は海外のメディアを通じて自分の意志を次のように表明している。法の支配があれば、国に帰って自分無実を法廷で弁護することをおしまない、と。
テイエ ウォルデスミアテ博士は帰国すると、アババのボール国際空港の出口で逮捕された。理由は政府を撹乱し、エチオピア在住の外国人に野蛮な行為を犯して殺害するために存在する−政府が呼ぶところの−テロリスト組織のリーダーとしてだ。
裁判所は第1回目の評決で、被告(テイエ教授)を多数の非難から解放した。しかし、彼が無罪であるにもかかわらず、あるいは有罪の証拠がないにもかかわらず、テイエ教授は15年の刑を言い渡され、偽の証人になることを拒んだ者は、彼の共犯者として刑務所で苦しい生活を強制された。
テイエ教授が上訴裁判所に上告を申請してから約3年が経過した。裁判所は本件の全体をまだ検討していないという言い訳のもとに、申請にまだ目を通し始めてもいない。結局テイエ教授は2週間に1度出廷し、また刑務所に戻るだけの繰り返しだ。
皆様へ
EATはその名にかけて、以下のことを皆さんに断言します。私達は代表者の無罪を疑ったことは一度もなく、今回の件はEPRDF政府がETAを教職員の自由団体として解散に追い込み、エチオピア国内で完全な労働組合主義を熱望する者を思いとどまらせようとして起ったと、強く信じています。私達は真実と正義の為に立ち上がる人達全てに、テイエ教授の刑務所生活が長引いている理由をお知らせしたいのです。
裁判所の処理が遅れている理由は、本件の警察による調査資料がファイルから紛失したことにあると言われている。このためにテイエ教授は10月だけでも4度にわたって出廷しなければならなかった。2001年11月20日の出廷では紛失していた資料がついに見つかり、一ヶ月後から法廷でのヒアリングを再開することが発表された。
ETAの上訴で、私達はエチオピア政府の非人道的な行為を再び痛感した。政府の目的は教師や民主主義的な考えを持つ市民を服従させ、彼らの人生を国家の支配の下に細々と繋ぎ止めておくことである。従って私達は以下の事柄を要求します。
1. エチオピア政府にもっと強固なプレッシャーを国際的にかけ、テイエ教授が良心の囚人であることを認識させ、釈放させる。
2. 刑務所でのストレスや緊張が緩和するように、テイエ教授への多方面に及ぶ支援を継続する。
3. ティエ教授解放運動においてETA支援を維持し、ETAの国内及び国際的な責任を再度認識して頂きたい。
4. 基本的人権を訴えるアムネスティ インターナショナルのように、勢力の衰えない組織を国内組織や外交団体として考慮する。
私達は皆さんの健闘を期待しています。
「非人道的な行為が自分達の身に起った時にだけ危機を感じるとしたら、それはまだ我々が人道を理解していないということである。」